【本の感想】マーシャ・ガッセン『完全なる証明 100万ドルを拒否した天才数学者』

マーシャ・ガッセン『完全なる証明 100万ドルを拒否した天才数学者』

マーシャ・ガッセン(Masha Gessen)『完全なる証明 100万ドルを拒否した天才数学者』(Perfect Rigor)(2009年)は、数学の難問「ポアンカレ予想」を証明したロシアの数学者グリゴーリー・ペレルマンの評伝です。

数学の七つの未解決問題は、2000年にそれぞれ100万ドルの懸賞金がアメリカのクレイ数学研究所によってかけられているそうです。「P≠NP予想」、「ホッジ予想」、「リーマン予想」、「ヤン-ミルズ方程式と質量ギャップ問題」、「ナビエ–ストークス方程式の解の存在と滑らかさ」、「バーチ・スウィンナートン=ダイアー予想」、そして「ポアンカレ予想」。

「ポアンカレ予想」は、ペレルマンによって解決済みで、2002年、証明がインターネット上にアップされたのです。ところが、このペレルマン、賞金の100万ドルを蹴って、研究職を辞め、とっとと隠遁してしまいました。ん?何故?今世紀中の解決は無理、と言われた超難問を解き明かしたペレルマン。名誉も金もいらぬとは、何と勿体ないことか。本書は、あまりに純粋で、あまりに偏屈な男の人生が、つづられています。

著者は、ペレルマンその人にインタビューして本書をものしたのではないそうです。ペレルマンの周辺、つまりは友人、先生、仲間の数学者のインタビューを通して、何故?の答えを明らかにしていきます。著者が、ペレルマンと同じユダヤ人でありながら狭き門をくぐり抜け、ロシアの数学エリート教育を受けた者だからこそ、説得力があるのです。

本書は、ロシアの数学がどのような変遷を経てきたかを、歴史的な観点から紐解いていきます。今もって学問が、イデオロギーと切り離すことできないという厳然たる事実を見ることになるでしょう。ロシアの数学の世界は、本書を読む限りにおいて実に閉鎖的。他の国の数学者との交流もままならず、ロシア国内においてはユダヤ人に対して学問の門戸を開いていなかったといいます。卓越した才能を持っていても、それだけで世に頭角を表していくことが難しいのです。

ユダヤ人であり、性格にやや難ありのペレルマンに道を拓いてくれたのは、ペレルマンを擁護してくれた先生たち。他の国の数学者と比べて、雑音に邪魔されるロシアにあって、研究に専心できたのは、これら守護天使のお陰です。本書では、ペレルマンその人の思いが語られないため、「ポアンカレ予想」が如何にして解き明かされたかは想像の域を出ません。しなしながら、傍証を積み上げることによって、著者は真相にかなり近づいているように思えます。賞金を蹴ったのが首肯できるほどに、ペレルマンの姿が活き活きと描き出されています。

「第11章 憤怒」の、中国人数学者が尻馬に乗って、己の手柄にしようとした件は、結果はどうあれムカつきますわね。まさに憤怒!

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