【本の感想】吉田修一『愛に乱暴』

吉田修一『愛に乱暴』(上巻)

吉田修一『愛に乱暴』は、夫を掠奪された女性の日々が綴られた作品です。

初瀬桃子は、八年前に真守と結婚し、義父 宗一郎、義母 照子の住む築五十年以上の離れで暮らしています。桃子は、カルチャーセンターで石鹸造りを教える講師で、ちょっとしたお小遣いを稼ぐという、どこにでもいる主婦。ただ、子供には恵まれていません。最近、桃子は、真守に女の影を感じ始めています。

本作品は、どストレートな不倫をテーマとしたものです。そのまんま読み進めるとあるある話で、退屈極まりません。しかし、物語の合間に、桃子の日記、そして不倫をしている女性の日記が挿入されるという本作品の構成が、後半になってから(軽い)驚きを与えるのです。桃子の突飛な振舞いや奇妙な現象も、興味を惹きつけてくれます。

義父が脳梗塞で倒れ大変な最中に、無言電話から決定的に不倫がバレる真守。相手と別れろと詰め寄る桃子と、これにタジタジの真守という図式です。しかし、真守の不倫相手三宅奈央が妊娠したことから、事態は一変、真守は奈央と一緒になりたいと表明するのでした。

この頃から、桃子は、離れの6畳間の床下を探りたいという思いに取り憑かれます。畳を剥ぐだけでなく、購入したチェーンソーで床板を切り、穴を掘り始める桃子。見つけたのは中身が空の壺。この密やかな行為は、本作品の先々に大きな意味を持つのか?とワクワクが募ります。

霊的ともとれる幻覚を見、謎の高熱を発する桃子。宗一郎の父の愛人 時枝が住んでいたという離れのいわくを知った桃子は、ますますこの場所への執着を強めます。ここは、満たされない愛の代償行為でしょうか。桃子は、時枝と自身を重ね合わせているようです。著者は、狂気に駆られたように桃子を描いてはいません。桃子の心の内を知ると、チェーンソーを使って床板を切る行為に、必然すら感じてしまうのです。

前半のクライマックスは、桃子、真守、奈央の初めての顔合わせ(?)です。真守の口から奈央の妊娠を告げられ、狼狽から激しい怒りに変わる桃子。年若い奈央に対し、断固たる態度で別れるように迫ります。というところで後半へ・・・

吉田修一『愛に乱暴』(下巻)

奈央の元から帰宅しない真守に、桃子の怒りは沸騰します。遂に、桃子は奈央の家へ突撃し、子供をおろせと迫るのでした。桃子の行動が激しくなるにつれ、ますます強固な関係を築く真守と奈央。ついに真守は、自身の母に離婚したいという意思を告げます。

後半は、早々に、そうか桃子って!が判明します。なるほど、この構成に仕掛けがあったのか、とつらつらと読み進めていた読者は、読み返さなければならないでしょう(自分だけか)。

義母も徐々に真守の味方をするようになり、桃子の非をあげつらいます。あげく、義母は、チェーンソーを見付けて、桃子に怯えを抱くようになるのでした。義母とのバトル勃発で、行き場を無くした桃子。本作品は、桃子と義母の関係性の変化も見所です。桃子の過去が分かるあたりから、これまでとは違って見えてくるのです。

再就職の活動をするも上手くいかず、切羽詰まった感が漂う桃子。真守との協議が物別れとなり、桃子の母を巻き込んだこの騒動の結末は如何に!夫婦が、昔の些細な事柄を穿り返して、難癖を付けるという泥仕合は何とも耳(?)が痛いところ。しかしながら、何故、この情けない男にこれ程執着するのかは、ハテナです。桃子の過去からくる、愛情とは別の所にあるのでしょうね。チェーンソーを持って「乱暴」という具合にはいきませんでした。ちょっと期待したんですがねぇ・・・。しかしながら、ラストは、桃子にとって微かな希望は見出せたようです。

本作品では、放火魔のエピソードなど、一見無関係とも見えるものが上手く本筋とつながります。ここは、流石ですね。自分は、桃子が、寝ている真守のTシャツに「夫」といたずら書きするシーンが気に入っています。

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