【本の感想】エド・レイシイ『ゆがめられた昨日』
1958年 エドガー賞 長編賞受賞作。
エド・レイシイ(Ed Lacy)『ゆがめられた昨日』( Room to Swing)(1957年)は、殺人事件に巻き込まれた私立探偵の奮闘を描いた作品です。
主人公トゥセント・マーカス・モアは、アフリカ系アメリカ人。本作品は、人種差別が色濃く残る1950年代のアメリカが舞台です。
うだつが上がらないニューヨークの私立探偵トゥセント(トゥイ)は、テレビ局の広報ケイ・ロビンズから仕事の依頼を受けます。実録探偵ものの企画で、暴行犯のロバート・トーマスことテッド・トーマスを尾行するというものです。折しもトゥイは、恋人シビルから、募集中の郵便局員へ転職し結婚するよう迫られています。私立探偵に未練があるトゥイは、渡りに船とばかりにこの依頼に飛びつくのでした。
本作品の随所に見られる人種差別は、読者に鬱屈した思いを抱かせるでしょう。著者は、白人作家でありながら、この時代にアフリカ系アメリカ人の私立探偵を生み出したことで名をはせたようですね。ケイと同棲相手バーバラというLGBTな関係も、当時では新しいのかも。ケイ、バーバラ、ケイの同僚スティーヴの中にいて、白人社会に相容れない者としてのトゥイの居心地の悪さが上手く表現されています。
ケイに導かれ、トーマスの部屋へ向かったトゥイ。そのにはトーマスの息絶えた姿が。計ったように警察が現れて、トゥイは逃亡する羽目に陥ります。ニューヨーク市警に追われ、トゥイはトーマスの故郷ルイジアナ州リビングストンへ。真犯人の手掛かりを得ようと、この地に滞在しトーマスの過去を探り始めるのでした。
この辺りでは、絶対にケイが怪しいじゃん!と思いつつも、読み進めると、どうやら事件はそう簡単ではないことが分かります。
無実の罪を晴らすべく、知己となった郵便配達員サムの家へ寄宿したトゥイ。サムの娘フランシスのサポートで、事件解決のヒントを掴みます。ニューヨークへ戻り、探偵仲間の手を借りながら突き止めた真相とは。
クライマックスは、トゥイが真犯人を罠にかけ事件の真相を暴きます。真犯人は、少ない登場人物の中からなので、やっぱりという思いが強いし、緊張感も希薄です。もっとも、本作品は、犯人当てというより、人種差別の真っ只中で真実を追い求める男の姿を見るべきなのでしょう。
事件解決でニュースバリューが上がり、前途洋々なトゥイ。しかし、トゥイは・・・。
なるほど、著者は、私立探偵トゥセント・マーカス・モアをシリーズ化しなかったわけね。
(注)読了したのはハヤカワ・ミステリ文庫の翻訳版『ゆがめられた昨日』で、 書影は原著のものを載せています 。