【本の感想】藤沢周『ブエノスアイレス午前零時』

藤沢周『ブエノスアイレス午前零時』

1998年 第119回 芥川賞受賞作。

藤沢周『ブエノスアイレス午前零時』は、雪深い農村の温泉旅館を舞台に、従業員のカザマと、そこを訪れた盲目の老女ミツコのささやかな交流を描いた作品です。

痴呆が進んだミツコの意識は、自身の華やかなりし頃、ブエノスアイレスで暮らした往時にいます。旅館のダンスホールで、カザマは、ミツコとタンゴを踊りながらブエノスアイレスの夢幻を垣間見て・・・と、本作品を簡単にまとめてしまうとこうなります。

Uターンで故郷に戻ったカザマは、ひなびた旅館に職を求めました。宿泊客の社交ダンスの相手を務めることに辟易としながらも、殊更不平不満を表すこともせず、淡々と日々を過ごしています。

周囲の人々とは、どこか冷めた距離感です。

そんなカザマが、横浜で娼婦をしていた70過ぎの老女の手をとりダンスに誘います。従業員だからでも、ミツコが不憫だったからでもない。その理由は語られませんが、東京の広告代理店で働いていたカザマは、今の日常に閉塞感を抱いているようです。カザマの日課である温泉卵づくりに、そんな鬱屈した感情が凝縮されているように思えます。そんなカザマは、一番輝いていた頃に思いを馳せるミツコに、自身を重ね合わせているのかもしれません。

本作品は、読了時にそこはかとなく、哀しさと美しさを感じさせます。

同時収録の『屋上』は、ストア屋上のプレイランドに派遣された男の日常を描いています。こちらの主人公の方が、喜怒哀楽がはっきりしていて分かり易いですね。

なお、『ブエノスアイレス午前零時』は、舞台化されているようです。

タンゴの名曲(だとか)レオナルド・ブラーボ『ブエノスアイレス午前零時』はこちら。

レオナルド・ブラーボ『ブエノスアイレス午前零時』
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