【本の感想】水上勉『海の牙』

水上勉『海の牙』

1961年 第14回 日本推理作家協会賞受賞作。

水俣病という病名は聞いたことがあっても、公害病のひとつであるぐらいしか理解していませんでした。ネットでカンニングすると、産業活動によって汚染された熊本県水俣市の魚類を食したことで生じた奇病であることが分かります。1956年に公式発見されたというのですから、半世紀以上も前の出来事です。しかしながら、未知の疾病に対する人々の恐怖は、コロナで騒然としている今の世の中と些かも変わっていませんね。

水上勉『海の牙』は、水俣病をテーマにした水上勉氏の社会派ミステリーです。

熊本県水潟市で発生した死に至る病 水潟病。工場廃液の因果関係が疑われるなか、東京の保健所から調査にきた結城が行方不明になります。結城の妻の捜索願いを受けた勢良警部補と、町医者 木田は、足取りを追ううち、鴉に啄ばまれた結城の死体を発見してしまうのでした・・・

著者は、水俣市を、架空の水潟市としています。本作品が発表された後、新潟市で水俣病の発症が確認されたのですから、偶然に命名したとだけは言えなそうです。本作品は、著者自身が取材を重ねた成果が遺憾なく発揮された、臨場感あふれる作品となっています。

読み進めると、当時の企業や、地方公共団体の姿勢に対する著者の怒りを強く印象づけられるでしょう。水俣病が原因不明の奇病とされていた時代に、被害者らの立場にたった告発文のようにも受けとれます。

本作品は、結城の死を追ううちに、木田らが直面する連続殺人をストーリーの軸としています。ただし、事件そのものは、その顛末を含めて面白みに欠けます。ミスリード(らしきもの)は不発に終わっているし、死体の猟奇的な表現も殊更な感じがするのです。そもそも、テーマそのもののインパクトが大きすぎるのでしょう。そちらに、ついつい目がいき過ぎてしまいます。

ミステリとしての良し悪しは別として、少なくとも、自分はこの作品によって、水俣病そのものについての関心が喚起されはしました。

著者が推理作家という認識がなかったので戸惑ってしまいましたが、結城の妻の心模様の描写は、その後の文芸作品にも通じるところがあるのかもしれませんね。