【本の感想】ウィリアム・サファイア『大統領失明す』
1985年 週刊文春ミステリーベスト10 海外部門 第5位。
アメリカ大統領選までカウントダウンに入った今日この頃。日本の次のリーダも気になります。
という昨今の国内外の政治情勢にはタイムリーな一冊は、ウィリアム・サファイア(William Safire)『大統領失明す』(Full Disclosure)(1978年)(といっても40年以上も前の作品ですが)
第41代アメリカ大統領エリクソンの乗った飛行機が、訪問中のソヴィエト上空で撃墜されました。ニコラエフ書記長代理によるコルコフ書記長暗殺に巻き込まれたのです。大統領護衛官ボックの活躍により九死に一生を得たエリクソン。しかし、エリクソンの目は光を失っていたのです。
合衆国憲法修正25条によれば、職務遂行不能となった大統領は引退しなければなりません。果して失明は、職務遂行不能と言えるのか。エリクソンは、大統領職を続ける意欲に燃えますが、財務長官バーナマンはニコルズ副大統領を傀儡にしエリクソン排除を画策するのでした ・・・
冒頭からやや暫くは、冒険小説、もしくは謀略小説のような趣。本作品の世界情勢は、日本-中国の勢力拡大に、アメリカ、そしてソヴィエトはどう対抗していくのかという設定です。著者は、ピュリッツアー賞を受賞したコラムニスト。本作品は、著者の未来予想図なのでしょう。本国ではジミー・カーター大統領が就任した年に出版されているのですが、いいセンいっていると言えるかもしれませんね。もっとも、今や日中関係はきな臭い限りです。
エリクソンがアメリカに戻ってからは、ぼぼホワイトハウスの中でストーリーが展開します。要するに本作品は、権力闘争を中心とした政治ドラマなのです。市井の人々は全くというほど登場しません。副大統領に権力を移譲することを拒む大統領およびその腹心たちと、大統領の権限を剥奪しようとする閣僚一派の闘いです。
大統領の拒否する理由が、「あいつ(副大統領)より、オレの方がマシ」なのだからふるっています。翻訳版上下巻800頁に及ぶひたすら長い長い国民不在の物語です。最近の我が国を思うにつけ、ひしひしと感じるものがあります。
本作品は、政治家を戯画化しているのかといえば、さにあらず。大真面目に正義とは何かを問うているのです。ここがなんだかスゴイところ。
自身の大統領としての能力を国民にアピールするエリクソン。しかし、エリクソンは、大統領選挙遊説中の列車の中で、専属写真家バフィと情交中に頭を打って一時的な失明を経験していたのです。エリクソンは、このことを公表していないことにより、苦境に立たされていきます。
失言を取り上げられてはマスメディアに叩かれる大統領。おまけに、大統領の一時的な失明を口止めしたヘネシー大統領特別顧問は、その行為が収賄にあたるとして訴追されてしまいます。一人、また一人と引き剥がされる大統領の腹心。次々に暴かれていく大統領にとって不利な事実。繰り出される閣議、議会による不信任決議。さてさて、エリクソンは大統領として職務を完投していくことができるのでしょうか。
本作品は、隙あらば相手をねじ込もうとする登場人物たちの行動が見所です。このぐらいの個性がないと政治はやっていけないということなんだろうが、とにかくアクが強いですね。特に、エリクソンは、我の強さもさることながら、女性なしでは夜を過ごせない肉食系大統領です。”強いアメリカ”像はこういうところにも表れているのでしょう。
今の世の中の動向にマッチしているので、ミステリとして面白いかどうかは別として、あるある感が強く記憶に残る作品です。ちなみに、第41代アメリカ大統領はパパブッシュ。フェロモンぷんぷんの大統領とは、随分、違うね。
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