【本の感想】伊坂幸太郎『マリアビートル』

伊坂幸太郎『マリアビートル』

伊坂幸太郎『マリアビートル』は、個性的な殺し屋たちが繰り広げる群像劇です。

「殺し屋シリーズ」として、『グラスホッパー』から時系列としてつながる作品で、『グラスホッパー』のその後の出来事への言及があったり、(生き残った)キャラクターたちが再登場します(リンクをクリックいただけると感想のページに移動します)。あれから、六、七年経過しているという設定です。

舞台は東京から宮城行きの新幹線。この閉鎖空間において、殺し屋たちの組んず解れつする様が描かれます。

主要な登場人物は、双子っぽい(けど双子じゃない)頭脳派の蜜柑と熱烈な機関車トーマスファンの檸檬、中学生の王子慧(王子さま)と王子に息子を病院送りにされた木村、不運なてんとう虫こと七尾と七尾に電話で指示を出す真莉亜の3組です。『グラスホッパー』の鈴木は脇に回り、槿はちょい役(でも重要な役どころ)で登場します。

檸檬と蜜柑は、峰岸良夫の依頼で拉致された峰岸の一人息子と身代金を奪還し、新幹線<はやて>に乗り込んでいます。しかし、二人が少し目を離した隙に息子は殺され、札束が詰まったトランクは消えてしまいました。誰もが震え上がる峰岸良夫の逆鱗に触れることは必至。檸檬と蜜柑は、犯人を突き止めようと車内を捜索し始めます。

本作品の自分のお気に入りキャラは、他の読者もイチオシするであろう蜜柑。すべからくトーマスと仲間たちから箴言を得るというトンガリ方が、愉しいのです。トーマスと殺し屋を結びつけるのは、著者くらいでしょう(荒木飛呂彦もしそうかな)。檸檬と蜜柑の会話は、知性と感性の相克を演出しているようです。

てんとう虫こと七尾は、これまた峰岸の依頼で、檸檬と蜜柑から金を強奪します。しかし、不運な殺し屋は、度重なるアクシデントで途中下車を阻止され、逃亡できません。おまけに隠してあったトランクが、いつの間にか消失してしまったのです。大いに焦る七尾は、檸檬と蜜柑に接近を図ります。

ツキがなくとも、飄々と危機一髪のピンチを乗り越えていくという、七尾も魅了的なキャラです。真莉亜とのボケとツッコミ芸は、シリアスムードを吹き飛ばす本作品の清涼剤となっています。てんとう虫は、英語でレディビートル。タイトルからみて本作品の主役は七尾なのでしょうが、すっかり蜜柑に食われてしまってます。クライマックスのバトルシーンで、ようやく本領発揮ですね。

王子さまは、自身を襲おうとした木村の弱点を攻め、まんまと自分の言うなりにしてしまいます。七尾の隠したトランクを見つけ、混乱に拍車をかけようとする王子さま。

王子さまのキャラクターは、絶対的な悪の存在として強烈です。ぐうの音も出ない正論で大人を挫けさせ、とことんまで追い詰め蹂躙していきます。読み進めながら、つい憤りを感じてしまいますね。少年ということを忘れ、こいつ(!)が酷い目に合うのが見たくてページを捲るスピードが加速するのです。さらに、王子さまが繰り出す哲学的な設問への、殺し屋たちの答えが秀逸です。例えば「何故、人を殺してはいけないのか」。殺し屋たちの人生哲学が答えに表れていて、自分は一々納得してしまいました。正解に近いのは、鈴木の答えでしょうか(答えなんてないのですが)。

失態を他人のせいにしようと、そのターゲットとして七尾を選んだ檸檬と蜜柑。ピンチを回避しようとする七尾。これに王子さまと木村が絡んで、命の奪い合いに発展していきます。それぞれがかけた罠と、その罠をくぐり抜ける丁々発止がスリリングです。そして、思いもよらぬ殺し屋コンビの乱入で・・・ と、クライマックスに突入します。

本作品は、ほぼ全編 新幹線車内の出来事を描いていますが、景色が変わらなくても、読者を飽きさせることなくラストまで引っ張っていってくれます。誰が何を企んでいたかは、あまり重要ではなくて、殺し屋たちの狂騒する姿が見所なのです。

同時収録「ついてないから笑う」は、七尾のツキのなさが描かれた掌編です。

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