【本の感想】藤沢周『雨月』

藤沢周『雨月』

藤沢周『雨月』は、ラブホテル従業員が巻き込まれた不思議な物語です。

雨月というと上田秋成『雨月物語』を思い浮かべます。なるほど、本作品は、怪異譚なのでしょう。ただし、これが分かるのは最終ページまで待たなければなりません。ラストまで、うらぶれたラブホの汚れたシーツのような、じめついた物語を読み進めることになります。結末は、あれ?この手のお話だったの?という予想外のものとなり、それだけに物足りなさが否めません。

鶯谷のラブホテル「雨月」の崎は、日の出観光商事ゴルフ場から出向し、部屋の清掃に明け暮れる日々を送っています。他の従業員は、社長 飯島の愛人 畠山、杉浦、佐々木です。

崎は、出向とは名ばかりの左遷された身。鬱屈した思いを抱きながら、上司である畠山とボイラー室で、使用後の汚れたシーツにくるまりながら性行為に耽ります。崎は飯島の目を気にしながらも、これを止めることができません。この変態的ともいえる束の間の逢瀬は、崎の如何ともし難い閉塞感を表しているようです。このくすぶり感は、著者の芥川賞受賞作ブエノスアイレス午前零時でも同じ印象を受けました。(リンクをクリックいただけると感想のページに移動します

本作品の登場人物は、腹に一物もった輩。中でも常連の桐山は、一人でやってきては、部屋で小説を書いているという奇妙な男です。誰もが何かをたくらんでいるような、不穏な空気が漂っています。う~ん。じめじめする・・・

物語は、田中裕子の登場で動き出します。裕子は、崎の友人 沢口が出会い系チャットで知り合った北海道の女子大生。沢口の頼みで、崎が口をきき雨月に宿泊させることになったのです。裕子は、自傷行為の痕がある、拒食症と思しき外見の女子。時に意識混濁に陥るほどの、不可思議な感能力をもっています。この裕子の存在そのものが、登場人物らを混乱に陥れるようになります。

部屋に仕掛けられた盗聴器材を発見した崎。そこに映っていたものは何か!徐々に、雨月に集う人々の、隠された人間模様が明らかになっていきます。ここは、サスペンスフルな展開で、崎の身に危険が迫るクライマックスから、ラストは・・・えっ!

いい所まで盛り上がってきたオチとしては、破壊力不足です。いや、スカされた感じとでもいいましょうか。途中までキーとなるだろうと思われた人物が、存在感を消してしまったのも、これまた想定外でした。収まるところに収まらなかった気分。これが狙いなのかなぁ・・・

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