【本の感想】ブライアン・フリーマントル『最後に笑った男』
1987年 週刊文春ミステリーベスト10 海外部門 第8位。
自分はそもそもエスピオナージは、苦手な分野です。ブライアン・フリーマントル(Brian Freemantle、実際は、Jonathan Evans名義)『最後に笑った男』(Misfire)(1980年)は、テーマもさることながら、新潮文庫のカバーイラストといい、上下巻600ページを超すボリュームといい、読書意欲を減衰させることしきり。過去ベストの一覧を消し込んでいくという密やかな楽しみがなければ、きっと読むことはなかったでしょう。
結論から言うと、・・・これが、なかなか面白いのです。
読まなくても後悔はしませんが、読んで時間を損した気にはなりません。エスピオナージが好物ならば、楽しめる一冊だと思います。
西ドイツの民間企業が、中央アフリカに衛星基地を建設、の報を受けたCIA。スパイ活動に利用ことを危惧した長官ピーターソンは、当該基地の情報を得るため工作を開始します。
一方、同じ情報を察知したKGB議長ペトロフも、妨害を画策していました。しかし、アメリカ、ロシアともに決定的な打開策が見つかりません。自国での立場が悪化しつつあるピーターソンとペトロフは、ついにCIAとKGBが共同で工作活動をおこなうことを合意するのでした ・・・
民間企業の目的は、スパイ衛星の第三国への貸与をビジネスとして確立することです。衛星打ち上げの成功は、アメリカ、ロシアの立場を著しく悪化さます。それぞれの思惑が絡み合いながら、敵対する諜報機関が手を組むという発想がユニークですね。
本作品の本国出版1980年は、前年のソ連によるアフガン侵攻を契機に、西側のモスクワオリンピック ボイコットに発展した頃です。そういう背景を考え合わせてみると、なおさら本作品の描く協力体制確立は、難易度が高いことがわかります。
ピーターソンとペトロフは、ともに政敵に追い詰められており、また、私生活においても問題を抱えているという設定です。パワーエリートやスーパーマンによる頭脳戦が主のエスピオナージとは趣がちょっと違うのです。殊更に人間臭さを表出しようとする点は、あざとさがないとは言えませんが。
妨害工作は、西ドイツからの視察団を装う基地への潜入チーム、神父として地域住民に基地の害悪を説くチーム、武力で基地を制圧するチームが三方向から活動するものです。それぞれのチームは、アメリカ人とロシア人の混成になっており、作戦を進める中、彼らが、軋轢から友情を育んでいく姿を見ることができます。このあたりはお約束どおり。
しかし、作戦は、イスラエルの諜報機関モサドの横槍もあり、失敗を重ねます。次々とたおれていく諜報部員たち。さてさて、ピーターソンとペトロフは、政敵を排除し、衛星打ち上げを阻止できるでしょうか。
タイトルの『最後に笑った男』(原題の『Misfire』=不発よりいいかな)のとおり、ラストは意外な人物が高笑いするのです。
不満は、ピーターソンの家族の問題にページ数を多く割きすぎたことでしょうか。ペトロフの描き方がその分薄っぺらく見えてしまうんだよなぁ。
(注)読了したのは新潮文庫の翻訳版『最後に笑った男』で、 書影は原著のものを載せています 。