【本の感想】本間龍『名もなき受刑者たちへ 「黒羽刑務所 16工場」体験記』
本間龍『名もなき受刑者たちへ 「黒羽刑務所 16工場」体験記』は、黒羽刑務所(関東圏最大の初犯刑務所)に収監された著者が、約1年の服役期間中に体験したことをまとめたものです。
著者が懲役労働に従事していたのは刑務所内の「第16工場」。他の受刑者と一緒に懲役労働をすることが困難な人々(認知症高齢者、知的障がい者、同性愛者など)を集めた特殊な場所です。著者は、ここでお世話係りを務めていました。
本書には、「第16工場」での受刑者たちの日々の暮らしが活写されています。手当たり次第に何でも口に入れてしまう人、蠅の死骸を壁一面に塗りたくる人、ゴミだらけの独居房でこっそり祭壇をつくってしまう人。奇矯な受刑者たちに困惑されつつも、お世話係として彼らに関わっていく著者。厳格でありながらふと人情味をみせる刑務官のオヤジや、ハンディキャップのある受刑者を甲斐甲斐しくお世話するオカマさんたちが、可笑しみをもって描かれていきます。受刑者たちが、どういうルールのもとで、どういう生活しているのかが、本書を読む進めるうちにわかるようになります。
本書に登場する受刑者たちは、社会的にハンディキャップを背負った人々です。自分の名前すらわからない人や、何故収監されているか理解できていない人がいます。どうしても可笑しみの中に、哀しみがつきまといます。
著者は、終章で医療と再犯問題について説明をつづけます。刑務所ライフについては雑学程度の面白みだったのですが、この章はとてもメッセージ性が強くなります。認知症など治療の見込みがないものは放置されているという医療の現状や、刑務所に戻るしかない脆弱な社会の受け入れ体制の問題を取り上げて、著者は、ソーシャル・インクルージョン(社会的包摂)の理念の重要性を訴えているのです。就業支援が進むイギリスと比べると、日本はやはり立ち遅れているということになるでしょう。
年間3万人もの出所者をも”棄民”として扱い続けるなら。さらなる社会的・経済的損失を増大させることは明らかではないだろうか。
日本の大企業のイギリス現地法人が就業支援のための支援金を拠出しているといいます。確かに、同じことが国内ではなされていないのは不思議極まりないですね。
これまでの章と、終章では趣きが異なっているのですが、著者の言いたかったのはここに集約されているのかもしれないなぁ。