【本の感想】新津きよみ『ママの友達』

新津きよみ『ママの友達』

思い起こすと、自分は、中学生の頃、友達といえるものが皆無だったようです。転校を三回繰り返したというのはあったものの、同級生は、知り合いぐらいに留まっていました。自分の子供たちにこの頃の友達の事を聞かれても、何も答えられません(だからと言って、どうという事はないのですが)。

新津きよみ『ママの友達』には、自分のそのまんまが、エピソードとして描かれています。

野島典子に届けられた差出人不明の郵便物。それは、20年前、中学校の同級生4人の交換日記でした。当時のリーダ的存在 長谷川淳子を真っ先に思い浮かべる典子。程なくして典子は、淳子が殺害されたニュースを耳にします・・・・

交換日記のメンバー、典子(ノリ)、藍川明美(アケ)、等々力久美子(クミ)、淳子(ハセジュン)の中学生時代を挿入しながら、45歳となった彼女たち今が描かれていきます。

ノリの中学2年生の娘は、学校へ行くことができません。アケは、シングルマザーとなったことで、実家とは絶縁状態です。クミは、娘の早い結婚で孫ができましたが、長年、夫の精神的ないじめに苦しんでいます。熟年に差しかかった女性の、様々な苦悩が胸に迫ってくるようです。

彼女たちの問題は、殊更に、誇張されているわけではありません。よく耳にする人生でぶちあたる壁。だから、なおさら心を抉るようにリアルを突きつけてくるのです。

著者の作品は、初めて手に取りましたが、言葉の棘の使い方がとても巧みです。

放たれた言葉を受けて、心を波立たせる人々の様子が目に浮かびます。彼女たちと共に、カっと血が上ったり、ヘコんだりしてしまうのです。(特に、クミが受けるモラルハラスメントは強烈!)

ノリは、娘の登校拒否の理由を、友達がいないことだと決めつけます。娘に詰め寄るノリへ、娘は「ママって友達いるの?」と反問するのです。ここで、ノリは、言葉に窮してしまいます。○○ちゃんのお母さんは知っていても、そのお母さんのファーストネームを知りません。では、音信が途絶えた交換日記のメンバーは友達だったのか、と自問しても、はっきりと答えられないことに気付きます。ここは、自分が、本作品で最も共感するシーンです。読者は、ノリ、アケ、クミのどこかに思いを同じくする部分が、あるのではないでしょうか。

本作品は、ハセジュンの事件の謎解きが、本筋ではありません。事件は、ノリ、アケ、クミが過去を振り返えるきっかけにしかすぎないのです。タイムカプセルに似たノスタルジー。果して、ノリ、アケ、クミは、新たに友情を培っていくのでしょうか。

本作品は、私たちは今こうして生きているという、過去の自分への意思表明と見るべきなのかもしれませんね。