【本の感想】小林頼子『フェルメール ―謎めいた生涯と全作品』

小林頼子『フェルメール ―謎めいた生涯と全作品』

名古屋に単身赴任中の2011年、フェルメールの『地理学者』が来日しました。

小林頼子『フェルメール ―謎めいた生涯と全作品』は、絵画鑑賞の予習、復習に最適な文庫サイズのフェルメール本です。サイズの大きな画集や研究本より、手軽に取り出せて、いつでも読めるというコンセプト。

自分はもともと絵画オンチ(芸術一般オンチではある)。消失点って何? 透視図法って何? フェルメールについても『真珠の耳飾りの少女』をどこかで目にした程度です。『地理学者』の鑑賞をきっかけに、感性がイマイチならば、学習でこれを補おうと本書を手に取ったのでした。

17世紀オランダの社会情勢や、フェルメールの歩んだ人生を踏まえ、時系列で作品を解説していくので、鑑賞のためのキモが素人にも分かり易い構成となっています。時代のニーズによる物語画家から、風俗画家への転換。他の画家との対比から、タッチの微妙な変化へと、その影響を考察していきます。

なかでも、『眠る女』に見る空間づくりの合理性の欠如と、あからさまな物語性の断念という解説は秀逸。フェルメールの試行錯誤が、ターニングポイントとして観察されるのが興味深いですね。

人間の目にとって合理的な空間とは何か、合理的な光の表現とは何か。フェルメールの試みはその二点を巡って展開してきた。

本書では主として空間と光の演出に着眼し、フェルメールの自己変革の変遷を析出しています。

テーマと外れてしまいますが、自分が感銘を受けたのは、著者の文章の上手さ。フェルメール研究の第一人者であるがゆえの自信に溢れた論述もさることながら、語彙の使い方が実に洗練されています。著者のような芸術的な感性をお持ちの方は、その文書表現においても、美的感覚を表出することができるのでしょうか。自分が文章を書く上で、参考にするところが多いですね。

少し長いけれど、あとがきの一文を紹介しましょう。

絵を見ながら考える。考えながら見る。そんな繰り返しの中で、当初は見えてこなかったものが、ある日、突然、霧が晴れたように見えてくることがある。そうなるまで、いつもずいぶんと長い時間がかかる。見えた、と思ったけど間違いだった、ということも多々ある。フェルメールはヨーロッパの美術の歴史を担う大画家。こっちはどこの馬の骨とも知れぬ東洋の美術史家。所詮、戦いの帰趨は知れているが、歴史は挑む者にいつも寛容で、いろいろなことを教えてくれる。

ひとつのことを成し遂げようとするときの気持ちの有り様として、自分の心に強く残っています。