【本の感想】リディア・ケイン 、 ネイト・ピーターゼン『世にも危険な医療の世界史』

リディア・ケイン 、 ネイト・ピーターゼン『世にも危険な医療の世界史』

新型コロナで世の中、沸騰状態です。

自分もいい歳ですから、感染すれば重篤化する2割に入る可能性は無きにしも非ず。若い頃よりも人生への執着は希薄になってきていますが、自分のせいで周囲の人々を不幸にしたくはありません。この未曾有の大騒動が落ち着くのは、まだまだ時間がかかる見込みとのこと。自身と周囲の安全を守るのは自助努力であるとして、世のため人のため、ワクチンの開発に尽力する科学者たちには頭が下がります(医療関係者は言わずもがな)。

リディア・ケイン 、 ネイト・ピーターゼン(Lydia Kang、Nate Pedersen)『世にも危険な医療の世界史』(Quackery:  Brief History of the Worst Ways to Cure Everything)は、帯にある通り、「かつて人類の”常識”だった残念な医学」の数々を掲載したものです。医学シロウトの自分でもトンデモ医療行為と分かるのですが、金儲けの為の明らかなインチキだけでなく、当時の常識で正当な処置として普及していたものもある、と紹介されています。

本書を読むと、著名な知識人すらが傾倒していたアブナイ医療には、大いに驚かされます。そして、それほど、大昔の出来事ではないという事実に、薄ら寒さすら感じるのです。何故なら、現在、当たり前の医療行為が、未来では危険なものとして位置付けられるかもしれないのですから。こう考えると、現在が火急の事態であっても、ワクチンの市場投入に向けて時間を掛けていくのも致し方なしでしょう。

本書は、「元素」「植物と土」「器具」「動物」「神秘的の力」の五部構成から成っており、各部において、例えば「動物」なら、「ヒル」、「食人」、「動物の身体」、「セックス」、「断食」と章を分けてテーマ毎に、危険な医療史を詳説しています。各部の終わりに”トンデモ医療”のコラムが掲載されていて、こちらも読み物として楽しめます。

第一部「元素」第二部「植物と土」は、危険な物質がもてはやされていた事実を明らかにします。水銀、ヒ素、はてはラジウムとラドンまで、詐欺商法も相まって、健康増進に一役買っていたとのこと。悪影響が明らかとなったアヘン、コカインは、今もって流行の名残りがありますね。

第三部「器具」では、有名なロボトミー手術に注目しました(記憶では手塚治虫「ブラック・ジャック」でロボトミー手術に言及していたような)。医療行為そのものですが、ウォルター・フリーマンの偏った情熱には恐ろしさを感じます。三部で掲載されている図版や写真は必見です。これを目にするだけで、アブナさが良く分かります。

第四部「動物」は、目を引くのが「セックス」の章ですね。バイブレータの起源が述べられてます。ヒステリーを癒すために誕生したのは良く聞く(?)話ですが、掲載されているスチームパンク風バイブレータの写真は、なるほどの逸品です。コラムのダイエット編では、美と健康の天秤が永遠のテーマなのだと再認識しました。

第五部「神秘的な力」は、そのまんま怪しさ満開です。中でも「ローヤルタッチ」の章では、11世紀の英仏の国王に治癒能力があるとされていたエピソードが記載されています。鰯の頭も何とやらの欧州バージョンですね。

本書は、一読で西洋の医療史を紐解く事ができる労作です。ただし、東洋の医療については殆ど触れられていません。東洋には、まだまだ、アブナそうなのが一杯あるような気がするのですが、どうでしょう?