【本の感想】泉鏡花『高野聖』

泉鏡花『高野聖』

首周りがべとつく季節になると、再読したくなるのが泉鏡花『高野聖』です。初読したのが高校生の頃だから、もう、どれくらい手に取ったでしょうか。

本作品は、旅僧の夜語りから始まる怪異譚です。

夏の暑い盛り、飛騨の山中で道に迷い、ようやく辿りついた一軒の山家。僧はそこで暮らす美しい婦人に一夜の宿を所望します。泊めるにあたっての約束が一つ。婦人は、どんなにせがんでも、都の話をしてくれるなと言います。僧はその約束を守ることを誓い、疲れた身体を癒すことにしました・・・

婦人は、思うがままに人を鳥獣に変じる力を持っています。婦人の誘惑に晒される若き僧。しかし、僧のイノセントが琴線に触れたのか、婦人は僧に難を及ぼしませんでした・・・というあまりに有名な物語です。

あらすじを知っていても再読したくなるのは、幻想の世界への誘いが強烈だからです。イマジネーションに身を委ねると、ひりつく暑さの中での匂い立つような淫蕩さが、リビドーを刺激します。媚態ともいうべき婦人の立ち振る舞いが実に官能的なのです。どこにも直接的な表現はなされていませんが、僧の傷ついた身体を撫でさする場面や、裸になって暴れ馬を抑える場面を読むと、エロチズムとはこういうことなんだろうと感じ入ります。

夜が更けると、婦人に化かされた魑魅魍魎たちが、山家の周りを徘徊します。そこで婦人は、こう言うのです。(今夜はお客さまがあるよ。)と。

暑い夏になると本作品を読みたくなるのは、どうやら高校生の頃のエロチックな感傷と繋がっているからのようです。

山家を後にした僧は、信仰を捨て婦人の元に留まるべきか逡巡します。結局、山家に戻りませでしたが、この時には、僧はすでに魅入られていたのでしょう。いつ読んでも、冒頭の、僧が夜語りをする場面が引っかかります。

寝る時、上人は帯を解かぬ、勿論衣服も脱がぬ、着たまま円くなって俯向形に腰からすっぽりと入って、肩に夜具の袖を掛けると手を突いて畏まった、その様子は我々と反対で、顔に枕をするのである。

この姿が、爬虫類を思い起こさせはしないでしょうか。

本書に収録の『眉かくしの霊』は、何度読んでもピンときません。

別作品が交差しているようなのですが、旅行記的な前半と幽霊譚の後半を、一つの作品として見た時に、統一感が希薄なように感じるのです。泉鏡花の晩年の技でしょうか。自分の文学的な素養の低さゆえであれば、ごめんなさいと言うしかありません。

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