【本の感想】笹沢佐保『人喰い』
1961年 第14回 日本推理作家協会賞受賞作。
ミステリやハードボイルドでデビューし、その後、時代小説へ活動の幅を広げる作家さんがいます。パッと思い浮かべるだけで、陳舜臣、高橋克彦、逢坂剛、小杉健治、北方謙三の名前が挙がります。
「あっしには関わりのねぇこって」が流行語となった『木枯し紋次郎』の原作者 笹沢佐保のデビュー作『人喰い』もミステリです。
『木枯し紋次郎』のイメージが強すぎて、すっかり時代小説家と思っていたのですが、著者は、14歳からミステリを書き始めたとのことなので、本来は筋金入りのミステリ作家なのでしょう。
花城佐紀子の姉 由記子が、遺書を残して失踪しました。遺書には、本多銃砲火薬店の社長の一人息子 本多昭一との結婚が認められないため、心中を決意したことが仄めかされています。本多銃砲火薬店では、社長 本多裕介のワンマン経営のために労働争議が沸騰しており、組合婦人部長の由記子は、本多家から敵と目されていたのです。姉の身を案じる佐紀子は、恋人であり由記子の同僚で組合の執行委員長 豊島に相談を持ちかけますが、何もできないまま時だけが過ぎていきます。
やがて、佐紀子の元に、昭一の遺体発見の報がもたらされます。昭一と行動を共にしていたはずの由記子の行方が依然としてわからないことから、警察は、姿を消した由記子に殺人の疑いをかけてしまいます。姉の無実を信じる佐紀子は、豊島とともに、由記子の足取りを追い始めます。しかし、本多裕介の妻 優子、そして本多裕介が次々に殺害され、事件は、連続殺人の様相を呈していくのでした。現場付近で、豊島らに由記子の姿が目撃されるに至って、由記子の殺人容疑は、決定的になってしまいます。果して、由記子はどこにいるのか。本当に、由記子が殺人を犯したのでしょうか・・・
本作品は、由記子の遺書=告白から始まり、殺人の容疑者となってしまった姉の行方を追う佐紀子を中心に、ストーリーは展開します。火薬庫を使った派手な爆殺や、不可能犯罪を盛り込みながら、巧みに読者をミスリードしてく著者の妙技が堪能できる作品です。
本作品は、誰かが誰かを陥れながら生きていくということ、つまり人が人を喰うという生き様がテーマの本格ものです。人を喰おうとして、ちょっとした綻びから、今度は自分が喰われてしまった真犯人。初版から半世紀以上経った今でも色褪せていないのは、こういう生き様が、人間の根源に関わっているからなのでしょう。
佐紀子が見出したあまりに悲しい真相とは何か。本作品は、過去に3度(1961年、1970年、1985年)ドラマ化されているようです。どれも未見ですが、火曜サスペンス劇場(1985年)で放映されているのは納得です。当時のエンディングテーマは、岩崎宏美「橋」。ありがとう愛させてくれて、ありがとう愛してくれて~♪ が本作品のラストで聞こえてくるようです。