【本の感想】イアン・エアーズ『その数学が戦略を決める』
イアン・エアーズ(Ian Ayres)『その数学が戦略を決める』(Super Crunchers : Why Thinking-By-Numbers is the New Way To Be Smart )は、回帰分析や無作為抽出といった統計手法を用いるデータマイニングの有効性を解くものです。(意思決定の手段の一つではあるとしても)タイトルから想起されるような経営戦略本ではありません。
定量分析のスペシャリストたる絶対計算者(自分にはいまいちピンとこない語彙)が、直感や経験を重視する専門家を凌駕する例証が多く提示されています。例えば、ワインのヴィンテージ予測、アマゾンのレコメンド、出会い系サイトのマッチング、航空会社のマイレージサービス等々です。映画『マネー・ボール』についても、絶対計算の成果として言及しています。
中でもガジノが、負け過ぎてリピータを失わないよう、その人が気持ちよく負けられる金額(「痛みポイント」)を算出し、注意を喚起してあげているというのには驚きました。
データマイニングは、医療現場での診断・治療、ヒットする映画、裁判の結果まで、その道の専門家を顔色なからしめていると言います。学校教育では、教師がマニュアルに従った効率の高い(無個性的)教育方法=ダイレクト・インストラクションに成果が上がっているようです。
自分としては、理性では分かるのですが、なんだか気持ちが良くありませんん。
回帰分析にくわせるパラメータは、ヒトがその妥当性を判断しなければならないので、全てが絶対計算にとって代わるわけではないでしょう。結果について間違いは発生し得るので、監査が重要であることを著者は述べてはいます。しかしながら、情緒的な曖昧さの中で、人は生きていくものだと思いたいのです。
日々の活動においては、迅速な意思決定が要求されるし、その判断も、場合によっては不合理なもの(例えば天気とか)に左右されます。本書は、読みものとしては面白いのですが、受け入れられるかはどうか別ですね。各章末のまとめだけ眺めてもアウトラインは理解できるので、興味のある方はこちらから先に目を通しては如何でしょうか。
本書の後半に、著者が8歳の娘と標準偏差について会話しているエピソードがあります。データが公に売買されて、マッシュアップなされているという、あちらの実情を含め、ちょっと、お寒い思いをしたのは自分だけでしょうか。AIがバズワード化極まっている昨今、自分のような非理科系の未来ははてさて?