【本の感想】ロバート・ゴダード『蒼穹のかなたへ』
1997年 週刊文春ミステリーベスト10 海外部門 第4位。
1998年 このミステリーがすごい! 海外編 第6位。
ロバート・ゴダード(Robert Goddard)『蒼穹のかなたへ』(Into the Blue)(1990年)は、フォーマットはミステリではあるものの、文芸作品に分類した方が納得できる、重厚な仕上がりとなっています。ある出来事をきっかけとして、主人公が過去を探っていくうちに、驚くべき真実が明らかになるというもの。やたらと多い登場人物と錯綜した人間模様、こんがらがったプロットが特徴的でもあります。
ハリー・バーネットは、不遇をかこっていました。経営した会社がパートナーに逃げられた挙句倒産し、再就職先では汚職の濡れ衣を着せられて職を追われてしまったのです。行き場を失ったハリーは、ハリーの会社の元アルバイト学生であり、現国防次官まで出世したアラン・ダイサートの計らいで、故国イギリスを離れロードス島のヴィラの管理人に収まることができました。屈辱を噛み締めながら、酒浸りの日々を送る負け犬ハリー。
ある日、ダイサートの招きで、若く美しいヘザー・マレンダーが、ヴィラを訪れます。ヘザーは、ハリーを解雇した経営者の次女であり、テロに巻き込まれて死亡したダイサートの秘書クレアの妹でした。へザーを知るほどに、淡い好意を抱く中年男ハリー。
へザーのロードス島滞在も、残すところわずか。ヘザーは、ハリーの案内でプロフィティス・イリアス山に向います。そこでへザーは、ハリーに何も告げず山頂付近から忽然と姿を消してしまいます。警察は、事件性を疑い、慌てふためくハリーに対して執拗な取調べを始めます。事件なのか、事故なのか。はたまた、失踪なのか。へザーの行方は杳として知れず、忸怩たる思いに苛まれるハリー。
ハリーは、ヘザーが残した旅行中の写真を発見し、彼女の足跡を辿ることにします。それは、逃げ出すように飛び出したイギリスへの10年ぶりの帰郷を意味していました。何としても、ヘザーを探し出したいハリー。果して、ダメ男の意地は、実を結ぶことができるのか ・・・
ふぅ。導入部を紹介するのに、こんなに字数を使ってしまった・・・
本作品は、登場人物たちの行動原理に納得性を持たせるためか、微に入り細を穿つが如く、かなりねちっこい書きっぷりになっています。どこに伏線があるのか分からないので、気を抜いて読み飛ばすことができません。読み応えがある代わりに、ストーリー展開が緩慢なので、ゆったりと作品を楽しむ余裕が必要でしょう。ミステリという冠だけで本作品を手に取ると、苛立たしさを感じてしまうかもしれません。
本作品は、ラストに一気に真相が氷解するものではなくて、ハリーの試行錯誤ともいうべき行動が、網の目のように入り組んだ因果関係を少しづつ解きほぐしていきます。巧妙なミスリードが仕掛けられているので、ハリーと共に途方に暮れることしばしばです。長く地味な物語であっても、読者を飽きさせることのないゴダードの技を堪能できます。
本作品は、最初から影の存在を感じます。”誰が”というのが、おぼろげながら分かるのです。そうであっても、ハリーが辿り着く、暗く悲しい結末には、あっという驚きが隠されています。中年男の再生の物語という側面もあるので、ハリー共に読者は、しばし感慨に浸ることになるでしょう。伏線を見落としていると、とっても辛いのだけれど。