【本の感想】青島幸男『人間万事塞翁が丙午』
1981年 第85回 直木賞受賞作。
『人間万事塞翁が丙午』は、元東京都知事にして「いじわるばあさん」(!)の故青島幸男が、直木賞を取ると公言してから執筆を開始したという、小説デビュー作です。 殊これに関しては、有言実行の人だったわけですね。
本作品は、戦時中の東京日本橋 仕出し弁当屋「弁菊」を舞台とした人情ものです。「弁菊」に21歳で嫁に入ったハナの清く、正しく、美しく、そして逞しい人生がつづられていきます。
著者の母上がモデルだそうで、作品からは、そこはかとなくハナへの愛情や尊敬の念が溢れています。
丙午生まれの女性は、気性の激しさゆえに夫の命を縮めると言われているそうですが、どうしてどうして、ハナは、おとうちゃん(旦那さん)愛に満ち満ちた微笑ましい女性なのです。
物語は、最愛のおとうちゃんへ、召集令状が届く場面から始まります。
近所の人々が出征を祝うムードの中、不安で不安で押し潰されそうになるハナ。おとうちゃんが、神戸で一旦足止めされているのを聞き、会いたくて、居ても立ってもいられず家を飛び出してしまいます。
二人の息子、舅、姑の面倒を見、商売を卒なくこなすしっかりもののハナが、おとうちゃんに対しては、子供のような真っ直ぐな気持ちを向けています。おとうちゃんと喧嘩をし、涙ぐみながら後ろをトボトボと歩くシーンがとても素敵です。
本作品は、連作短編の体裁で、ハナを中心に近隣の人々との交流を描いています。物の無い時代であっても心はとても豊かだったのだなと感じ入ることでしょう。
辛い現実を受け入れつつ、大らかに、前向きに生きていく。色々な問題も、持ち前の活力で乗り切っていくハナ。所詮、何が不幸で、何が幸福か分かりません。人生ってそういうもの、つまり人間万事塞翁が馬ということです。
本作品を読んでいると、ちょっぴり元気がもらえます。
二回の出征から無事に帰還したおとうちゃん。子供らも大きくなって、これからというときに、おとうちゃんは突然、この世からお別れをしてしまいます。
おとうちゃんあたしと一緒にいて幸せだったの
と胸の中で問うハナ。ハナの気持ちを思うとグっとくるものがあります。ハナと共におとうちゃんを見送りながら、ほんわりと暖かい気持ちになるのでした。