【本の感想】鮎川哲也『憎悪の化石』

鮎川哲也『憎悪の化石』

1960年 第13回 日本推理作家協会賞受賞作。

第13回日本推理作家協会賞は、鮎川哲也が『黒い白鳥』と『憎悪の化石』の二作同時受賞を成し遂げました。

両作品とも、鬼貫主任警部が、地道な捜査で殺人事件を解決する本格ミステリです。

『黒い白鳥』は、試行錯誤を繰り返し、論理的に真相を究明していくストーリー展開でした。本作品『憎悪の化石』は、それに比べるとあっさりめの印象を受けます。

本作品は、鬼貫主任警部が、真犯人に辿り着くまでに二回のアリバイ崩しを行います。なかなかお目にかかれない趣向ではあるのですが、”足で訊く”捜査が十分に描かれておらず、物足りなさを感じてしまいます。事件解決に導くヒントが、天啓のような閃きにあるのも残念です。

熱海の温泉宿で惨殺された湯田真壁。湯田の遺留品は、男女を映したビデオテープ、そして、血液が付着したTMSCの銘入りのバッチです。

本作品の前半は、熱海署の井伊刑事が、聞き込みによって、容疑者を絞っていく姿が描かれます。容疑者は、著名な小説家夫人とボクサーの不倫カップル、そして、ノコギリで音楽を奏でる=ミュージカルソーの愛好者メンバー(TMSC)です。湯田の素行から、強請りが殺人の原因と仮説を立てた井伊刑事は、彼らのアリバイを丹念に確認していきます。しかし、彼らのアリバイは、第三者よって証明されてしまうのでした。

行き詰まりとなった捜査を引き継ぐのが鬼貫主任警部と丹那刑事。これは、このシリーズのお馴染みのパターンです。鬼貫主任警部らが、もう一度、聞き込みを行いながら、綻びを見付けて事件解決への突破口とするのです。

鬼貫主任警部は、妻に不倫された小説家の夫に疑惑を持ちますが、彼はその日、担当の女性編集者と心中事件を起こしていることが分かります。これが、第一のアリバイ崩し。しかし、事件はこれだけでは解決しません。

真犯人を確信した鬼貫主任警部でしたが、鉄壁のアリバイが立ち塞がります。真犯人の動機となった、”憎悪の化石”とは何か。

実のところ、井伊刑事の捜査の段階で真犯人の予想はついてしまいます。どうやって、は分からないのですが、アリバイが詳細過ぎて怪しいのです。真相解明の件では、あぁ、やっぱりね と嘆息してしまうのでした。第一のトリックに比べると、第二のトリックはいまひとつだし。驚きが欲しかったのが正直なところです。

『黒い白鳥』が良かっただけに、期待し過ぎたのかもしれませんね。

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