【本の感想】ケン・グリムウッド『ディープ・ブルー』

ケン・グリムウッド『ディープ・ブルー』

名作『リプレイ』の著者 ケン・グリムウッド(Ken Grimwood)『ディープ・ブルー』(Into The Deep)(1995年)は、ファンタジーよりのSF作品です。

太古、イルカとヒトは精神的な感応(”リンク”)によって結びついていました。長らくヒトとの絆が途絶えたイルカたちは、”知の源”の”新たな教え”を実践すべく、ヒトとの接触を開始していきます・・・

イルカたちが、リンクの適応者として選んだのは、3人の”陸を歩くもの”であるジャーナリスト、科学者、漁師。彼らの過去と現在、そしてイルカたちの世界が、それぞれの視点から交互に語られていきます。

イルカが高度な知性を持っており、イメージを交信の手段として、独特の文化を形成しているという設定です。ありがちなのだけれど、太古の昔から存在する知識の共有体と、それに順応する海洋哺乳類といった世界観は新鮮です。特に、イルカの歴史学者 ク*トリルの活躍に見せ場が多くあります。それぞれの苦悩に苛まれる人間界のジメついた話と、イルカたちの前向きな姿勢が対比された格好です。

しかし、どうにも話の運びとは無縁の瑣末な描写が多く、幹となるべきストーリーが見え難いですね。イルカとヒトがもう一度、絆を取り戻してどうなるのかがピンとこかなったりします。どちらかというと、著者は、本作品を通して、イルカ保護活動の姿勢を表明しているようです。

例えば、頁を割いて描かれるマグロ漁船によるイルカの惨殺シーン。ここで、イルカたちは、怒りや憎しみではなく、ただただ悲しみを抱いているように描写されています。知能の高い平和主義者という印象を、読者に与えるのです。殺戮者としてのシャチと対峙のシーンでも、イルカが高邁な精神の持ち主であることを際立たせています。

『ザ・コーヴ』の騒動があってから、自分としてはなんとなく避けておきたいテーマだったので、どうにも落ち着かない気分になります。おかげで、ストーリーそのものが、随所に美しいシーンがありながらも、やけに薄っぺらく感じてしままいました。イルカとヒトの絆を結ぶファーストコンタクトは、感動があるべきなのですが、不完全燃焼です。登場人物たちが一堂に会するクライマックスも、不満が残ります。

小説で環境保護を訴えるのであれば、カール・ハイアセンのように、読み物としても面白くなければいけません。『リプレイ』が良すぎたということかな。