【本の感想】氷川透『真っ暗な夜明け』

氷川透『真っ暗な夜明け』

2000年 第15回 メフィスト賞受賞作。

推理小説家志望の氷川透ら、学生時代の元バンド仲間が集う飲み会の帰り道。地下鉄駅構内で、外で別れたはずのリーダー 和泉の撲殺死体が発見されました。状況から犯人は、終電を待っていた飲み会の参加者7人の中にいます。仲間から探偵役を仰せつかった氷川が犯人を推理していく中、次にバンドメンバー松原の死が報道されるのでした・・・

氷川透『真っ暗な夜明け』は、なんでもありありのメフィスト賞には珍しい(?)本格ものです。第1の事件は7人しかいない終電の駅という、クローズドサークルの様相を呈しています。そこにいるはずのない被害者と、被害者の状態から犯行が不可能な被疑者の7人。閉鎖された空間の中で、被疑者それぞれが、それぞれの動向が視認しています。加えて凶器としては不自然な物体が、混迷を深めてしまうのです。

第2の事件は、マンションからの投身自殺。松原が、第1の事件の自白をネットに書き込んでいるのですが、死の直前に、彼を訪ねた人物がいることが判明します。部屋が施錠されていたことから、その人物は忽然と姿を消してしまったことになります。

クローズドサークルに密室殺人。謎ときファンには嬉しい舞台装置です。いく度も仮説、検証を繰り返して真相を究明していく、氷川の論理思考の冴が印象的。極端な仮説を織り交ぜながら、読者を翻弄していく手法はお見事です。こいつが犯人かと思ったら、いやいや、こいつが怪しいという具合。ラストのあたりで、まさかの展開までもつれ込む勢いが良いですね。次々に提出される推理という体裁は、アントニー・バークリー『毒入りチョコレート事件』を想起させてくれます。

所々、本格へのオマージュのような記述が見られるし、何と読者への挑戦状も用意されています。そこから解決編へなだれ込んでいくという仕掛けです。著者のミステリ愛に満ちている作品といえるでしょう。

ここで残念なお知らせ。

自分は、本格ものは必ずしも人が描けていなくても気にしないのですが、本作品のような真犯人の犯行動機ではこれが必須条件になるはずです。長年友情を培ってきた仲間に殺意を抱くのであれば、それ相応の深みがなければなりません。ここが薄っぺらいので、説得力を著しく欠いているように思えます。あからさまにしてしまうと読者が真相を気付いてしまうでしょうから、難しいのは確かなのだけれど、ここがアカンと面白みが半減してしまうんだよなぁ。