【本の感想】海月ルイ『子盗り(ことり)』

本の感想 海月ルイ『子盗り』

2002年 第19回 サントリーミステリー大賞受賞作。

サントリーミステリー大賞は、1983年から2003年まで実施されたミステリー新人賞で、受賞作はテレビドラマ化されていました。文藝春秋が主催していたこともあってか、大賞や読者賞をとるとその年の週刊文春年間ミステリーベスト10 にランクインするというおまけまでついてきます(いわゆる大人の事情?)。

サントリーミステリー大賞出身というと、黒川博行(大賞)、垣根涼介(大賞)、伊坂幸太郎(佳作)、横山秀夫(佳作)、樋口有介(佳作)が思い浮かびます。現在もご活躍の作家さんが結構多いのです。

海月ルイ『子盗り』(ことり)は、第19回 サントリーミステリー大賞と読者賞を受賞しました(週刊文春ミステリーベスト10にはランクインしてません)。

あらすじを軽く目を通した段階で、さしたる期待をしていなかったのだけれど、さすがダブル受賞作。心理サスペンスとして、とても良くできた作品です。こういう作品は、文章の上手さがあってこそ、面白さが際立つのだなと実感した次第。

京都の旧家に嫁いだ美津子は、なかなか子宝に恵まれません。夫 陽介の献身的な協力や、不妊治療も成果が出ずにいました。10余年子をなせない状況から、親戚筋からは養子をもらえという声があがり始めています。榊原家を絶やすなと。その声に後押しされるように、姑のクニ代は苛立ちをあらわにし、美津子に冷たい目を向けるのでした ・・・

美津子とその周辺のささくれ立ってくるような心情が、じりじりするように伝わってきます。精神を崩壊するまでに追い詰められる美津子。美津子は、妊娠を偽り、産科から新生児を盗むことを決意します。陽介は、なすすべもなく美津子に従うしかありません。

ここまで読むと新生児の強奪事件を扱っているだけですが、本作品は違います。

看護婦 辻村潤子の登場から、本作品が、女性たちの妄念のものがたりであることがわかるのです。潤子は、新生児を盗もうとした美津子らを見咎めますが、自身の不幸な結婚生活を思い起こし、二人に子を授けようとします。脅かされ自宅でヤミの中絶手術を続けていた潤子が、目をつけたのは、妊娠後期に入った自堕落な女性 関口ひとみ。潤子は、中絶を希望していたひとみの子をとりあげ、美津子夫妻へ引渡してしまいます。

子をなし、穏やかな生活を始める美津子たち。ところが、ひとみは突然母性に目覚め、美津子夫婦に執拗につきまとうようになるのでした ・・・

美津子、潤子、ひとみ それぞれの母性が、怨念のようにうずまき、痛々しくも悲しいものがたりを形成していきます。女性作者だからこその心理描写なのでしょう。男の自分からすると、怖気をふるってしまうぐらいに鬼気迫るものがあります。縦糸横糸をがっちり絡めて、キャラクターに厚みを出しているところがいいですね。

ストーリーは、ひとみ、そしてその共謀者の死から事件性を帯びてきます。殺人事件を扱ったミステリとしても意外な犯人の登場で面白くはあるのですが、謎解きよりも、やはり優れた心理サスペンスとして評価したいなぁ。