科学が著しい進歩を遂げていく19世紀から20世紀初の英米。自明のものを超越した存在を研究する科学者たちの生き様と、彼らの科学に対する真摯な姿勢が印象的なノンフィクションです。
【本の感想】ジェームス・D・ワトソン『二重らせん』
学生の頃、生物は好きな学科ではありませんでしたが、DNAの二重らせんを初めて見たときは美しいと感じました。二つのらせん状の紐が接することなく直線的に伸びて、しかも緩やかなつながりを保っているイメージ。チミン、シトシン、アデニンの塩基の名前は、今でも憶えていました(グアニンだけは想いだせなかったけど)。
ジェームス・D・ワトソン『二重らせん』 は、1962年にノーベル生理学・医学賞を受賞したジェームズ・D・ワトソン博士による、DNAの構造を解析するに至るまでのドキュメントです。科学者の手による回想録なのですが、高邁な精神はどこ吹く風の、野心がぷんぷん匂ってくるような書きっぷりです。
狙いは、ずばり、ノーベル賞。
アメリカ本国からの特別研究員の補助金をせしめつつ、本来なさねばならぬ研究はそっちのけ。ケンブリッジ大学キャベンディッシュ研究所でDNAの分子構造のモデル化に勤しみます。
パートナーは分子生物学者のフランシス・クリック。
ワトソン-クリックと先陣争いを繰り広げるのは、カリフォルニア工科大学の物理化学者ライナス・ポーリング、ロンドン大学キングス・カレッジの生物物理学者モーリス・ウィルキンスと結晶学者ロザリンド・フランクリン。
どうもワトソンは真面目一辺倒の学究の徒ではないようで、苦手な分野は人にお任せ、しばしば女性に目がいくんですね。ひと様の研究成果をかき集めて、オリジナルのものを創り上げていくタイプのようです。もちろん、優れた発想力と先見の明があってこそなのでしょうが、想像していた人物とはちがいます。
ワトソンのひらめき、落胆、焦り、駆け引き。生々しさも手伝ってか、DNAの構造解析を成し遂げる前夜はなにやら緊迫感がつたわります。
DNAの分子構造のモデルを見知っている後世の読者は、この美しいフォルムに辿りつくまでの試行錯誤が、並大抵でないことを知ることになります。ロザリンドが撮影したDNAのX線回折写真があったとして、これを分子模型で表現できるのは、やはり天賦の才なのでしょう。
天才たちの夢のあと。最後の一言にしびれてします。
今日で私も二十五歳、もう常識はずれのことをする年ではなくなったのだ。
さて、ワトソン博士はずけずけとものを言うタイプのようです。ロザリンドには、相当、悪い印象を持ったらしく「気難しく、ヒステリックなダークレディ」と酷評しています。ノーベル賞受賞の功労者でもある彼女に実に手厳しい(モーリスは受賞しましたが、ロザリンドは亡くなっていたので受賞できませんでした)。本書のエピローグできっちりフォローは入れてはいますが、物議をかもす発言はワトソンのお家芸でしょうか。
ロザリンド サイドからは、『ロザリンド・フランクリンとDNA―ぬすまれた栄光』という本が出版されています(ロザリンドについては、シャロン・バーチュ・マグレイン『お母さん、ノーベル賞をもらう―科学を愛した14人の素敵な生き方 』で紹介されています) 。(リンクをクリックいただけると感想のページに移動します)
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