【本の感想】古川日出男『アラビアの夜の種族』

古川日出男『アラビアの夜の種族』 Ⅰ

2002年 第55回日本推理作家協会賞受賞作。
2002年 第23回日本SF大賞受賞作。

2002年 SFが読みたい! 国内編第4位。

古川日出男『アラビアの夜の種族』は、書物の、書物による、書物のための物語。翻訳小説という体裁を取りながら、著者らしいリズムを保つ美しい日本語で彩られた作品です。奇書と言っても良いでしょう。

物語の始まりは、ナポレオン・ボナパルトがエジプト侵攻に着手した頃です。

二十三人の知事のうちの第三番目の権力者 イスマーイールに愛でられた奴隷アイユーブは、ナポレオン艦隊を駆逐する奇策を主人に提案します。それは、読み手に破滅をもたらすという伝説の書物「災厄の書」を献上すること。アイユーブは、実在しないこの書をでっち上げるため、夜の種族たる語り部に、毎夜、空前絶後の物語を紡がせるのでした。

注目すべきは、大いなる軍勢に対抗する唯一の武器が、一冊の書物という破天荒さです。読書好きのナポレオン・ボナパルトを幻惑するという絵空事で、アイユーブは何を目論んでいるのでしょう。第1巻は魔導士アーダムと蛇神との愛憎劇が、夜の種族たる語り部によって語られていきます。

古川日出男『アラビアの夜の種族』 Ⅱ

ナポレオン・ボナパルトが侵攻が着々と進むエジプト。

伝説の書物「災厄の書」は、魔導士アーダムの物語から千年の時を経て、二人のみなしごファラーからサフィアーンの物語へと語り継がれます。数奇な生い立ちでありながら比類なき魔法と剣術を手にした二人、アーダムとの邂逅と盛り上がり所ですが、ちょっと中だるみ感が否めません。なかなか先の展開が読めないからでしょうか。

第1巻に引き続き、美麗は日本語に圧倒されることしきりですが、何故か会話文がおちゃらけ気味で興を削いでしまいます。作中作は、これだけが単独で楽しめるものなのですが。

はてさて、アイユーブは書物を完成させてエジプトを救うことができるのか。

古川日出男『アラビアの夜の種族』 Ⅲ

いよいよ、ナポレオン・ボナパルトの侵攻が、本格化してきたエジプト。アイユーブは、「災厄の書」の完成を急ぎます。

物語は作中作の主人公たちアーダム、ファラー、サフィアーンが三つ巴となり、クライマックスへ向かいます。第2巻での中だるみが嘘のように、第3巻はぐいぐいと読み進めることができるでしょう。おちゃらけた会話文も気にならなくなり、むしろ、それを味と感じるようになりました。

夜ごと語られた百物語の結末、そして「災厄の書」がもたらしたものとは何か。読了した時に、初めて本作品がミステリとして楽しめるものだと気付くのです。

本作品は文庫全3巻の大作ですが、それほど分量は気になりません。上述した通り、中だるみをどう脱出できるかが読み切るためのポイントです。

わたしは惟うのですが、書物はそれと出遭うべき人物のところに顕れるのではないでしょうか。書物じしんの意思で。

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