妙齢の女性がはまり込んでしまった恋愛事情を描いた作品です。タイトルからは、次々と男性遍歴を重ねるような印象を受けますが、さにあらず。たった一人の男に、どっぷりと浸かった女性が主人公です。
【本の感想】山本文緒『プラナリア』
2001年 第124回 直木賞受賞作。
仕事は、明るく、楽しく、元気良く、と仰る方がいます。
アンタがいなければねと、ツッコミを入れたくなりますが、これはなかなか大変です。三拍子揃うなんて滅多にあることではありません。せめて、明るく、楽しく、元気な”振り”をするぐらいでしょうか。
山本文緒『プラナリア』は、明るくも、楽しくも、元気良くもない女性 春香が主役です。一言で表すと、鬱陶しい。それもイライラするぐらいに。明日へ向かう一歩手前で、ウジウジと硬直している状態とでも言いましょうか。この鬱陶しさが自分にもあるから、より一層顔を背けたくなってしまいます。
いうなれば、正月明けの体重計に乗れない自分。
近親憎悪にさも似たり。好き嫌いは別として、読者を鬱陶しくさせるのは、著者の筆力の高さゆえでしょう。
春香は、乳がんで乳房を切除してから、どうにも捻くれています。飲み会の席でプラナリアの話題をふって、
ほら私、乳がんでしょ。だからそういうもんに生まれたら取った乳も勝手に盛り上がってきて、再建手術の手間とお金が省けたなーと思ってさ
などと放言し、周りを気まずくしたりします。自ら社会不適応者を任じて、乳がんを唯一の持ちネタと公言して憚りません。自分は、この世の中を斜めに見た春香の態度が、どうにも癪に障ります。
彼氏の豹介や仕事の世話をしてくれた永瀬さんら、春香を取り巻く人々は、良い人たちです。なのに、春香は、彼らを失望させることばかりします。自分は、どうしても春香より、春香を持て余す人々に共感してしまうのです。
ですが、自分が春香と同じ立場ならどうでしょう。同情的な雰囲気を嫌って、先に自嘲気味な笑いを取ろうとするでしょうか。それとも春香のように、周りを不快にする態度を取り続けるでしょうか。変なプライドが邪魔しない分、乳がんをアイデンティティと言い切ってしまう春香は、潔いのかもしれません。
同時収録の『ネイキッド』は、離婚して無職になった女性を、『どこかではないここ』は、夫がリストラされたため働き始めた主婦を、『囚われ人のジレンマ』は、恋人がいながら不倫をする女性を描いています。どの作品も明るい未来が見えてきません。『プラナリア』と同様、主人公たちは、一歩が踏み出せずウジウジしているのです。今だ出口なし、という所で留まっています。彼女らの鬱屈した思いがひしひしと伝わって、読んでいるうちに一緒にヘコんでしまいました。
男性読者から見たときは、彼女らの行動は不可解に映るかもしれません。『あいあるあした』は、居酒屋の店主の元へ転がり込んできた女性を、男性目線で描いているのですが、女性の行動に対する男性の戸惑いがよく表れています。こういう女性心理の深堀りができるのは、女性作家ならではなんでしょうね。
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