【本の感想】権田萬治『日本探偵作家論』

権田萬治『日本探偵作家論』

1979年 第29回 日本推理作家協会賞 評論その他部門賞受賞作。

探偵小説というと、昭和初期のノスタルジックで、倒錯、淫靡、醜怪な空気感をイメージします。江戸川乱歩や横溝正史の諸作品からの影響が大きいのでしょう。

・・・暗い時代の下に秘めやかに生み出された疎外者の夢であり、歴史の暗部に輝く蒼白き燐光のごときものではなかったか。

権田萬治『日本探偵作家論』は、戦前から大戦を跨ぎ、終戦直後ぐらいまでに活躍した探偵小説作家の評論です。作家別に章立てがなされており、作家の特色や、探偵小説の歴史における位置付けを、作品に論評を加えながら展望していきます。(谷崎潤一郎が、探偵小説作家のミトコンドリア・イブだったんですね!)

蔵書家のコレクションを参照しながらとはいえ、膨大な作品を読み込まなければ著すことのできない評論であり、大変な労作です。現存する資料の希少性からも、探偵小説を概観できる本書は、偉業といってもよいでしょう。

取り上げられているのは、江戸川乱歩、横溝正史という誰でも知っている作家から、夢野久作、小栗虫太郎らツウ(?)好みの作家、大下宇陀児、木々高太郎ら(おそらく)マニアしか知らない作家と幅が広いですね。しかし、大半は、長い年月の間に風化し忘れ去れ、今や書籍として作品を手に取ることのできない作家たち。著者の評論を読むにつけ、失ったものの大きさに哀惜の念を覚えます。

甲賀三郎と木々高太郎の有名な探偵小説論争(探偵小説に文学性が必要か否かで激論が交わされたのです)を、それぞれの立ち位置から眺めてみると、当時の作家たちが如何に真剣に探偵小説に向き合っていたのかが良く分かります。戦時中、探偵小説は敵性文学としてタブー視されたとのことですから、作家たちの苦難も並大抵ではなかったのでしょう。休止を余儀なくされたり、捕物帳として時代背景を変えたりといった事情にも触れられています。

著者は、通俗性に対する批判的な態度が顕著です(例えば、江戸川乱歩の名声を高めた長編)。探偵小説という文学を俯瞰した上でのことでしょうが、個人的な嗜好が見えなくもありません。しかし、作家の本質を射抜くような着眼点と、読者をそこに引き込んでいく美文には、学ぶべきところ大です。例えば、小栗虫太郎論はこういう書き出しから始まります。

小栗虫太郎の悪夢の錬金術は、中世的な暗黒のレトルトの中で初めて純粋に結晶する。

くらくらくら ・・・。小栗虫太郎を読んだことがなくても(恥ずかしながら読んだことはありません)、うんうんと頷きたくなってまいます。

本書に取り上げられているのは、以下の探偵小説作家です。

小酒井不木/江戸川乱歩/甲賀三郎/大下宇陀児/横溝正史/水谷準/葛山二郎/橘外男/山本禾太郎/夢野久作/海野十三/浜尾四郎/渡辺啓助/木々高太郎/大阪圭吉/蒼井雄/蘭郁二郎

著者と紀田順一郎の対談も、掲載されています。

ちなみに、本書で取り上げられている作品のいくつは、青空文庫で読むことができます。そんなのもあって、自分は、ついにKindleを買ってしまったのですよ。