【本の感想】古川日出男『二〇〇二年のスロウ・ボート』

古川日出男『二〇〇二年のスロウ・ボート』

【リミックス】:remix「複数の既存曲を編集して新たな楽曲を生み出す手法の一つ。」。

出典:Wikipedia

古川日出男『二〇〇二年のスロウ・ボート』(旧タイトル『中国行きスロウ・ボートRMX』)は、村上春樹『中国行きスロウ・ボート』をサンプリングした作品なのだそうです。(リンクをクリックいただけると感想のページに移動します

著者のあとがきには、「オリジナルに対する愛情を、いまの時代の内側で演奏する」とあります。本歌取りとかパロディではなく、旧タイトルが表す通り、まさにリミックスです。

まずは、原曲(?)にあたらなければならないということで、著者の愛してやまない『中国行きスロウ・ボート』を読んでみました。『中国行きスロウ・ボート』は、主人公が出会った三人の中国人を通して、中国への向き合い方に思いを馳せるという内容の作品です。

古川日出男というフィルターを通してしまっているので、本作品だけから原曲を伺い知ることは難しいでしょう。原曲の方を読むと、文学的リミックスへの試みは理解できるはずです。

例えるならば、クラシック(タイトルがSonny Rollins 『On a Slow Boat to China』からきてるようだからジャズかな)をサンプリングして、仕上がりはUKポップに、という感覚でしょうか。 原曲とは違って、一風変わったラブソングにもなっています。

本作品は、東京からの脱出を試みてきた主人公 ”僕”の失敗の記録です。

”有限のジャパニーズ”であることを認識した”僕”は、東京という国境を越えようと三度計画しますが、ことごとく達成できません。そして、その時々に出会った三人のガールフレンドを失ってしまうのです。

”僕”のエクソダスは、不登校児童となった小学五年生から始まります。一人目のガールフレンドは、”僕”が入所した施設で出会った、一つ年上の女の子。”僕”のファーストキスのお相手で、ちんぷんかんぷんなことをしゃべり続ける饒舌病。

二人目のガールフレンドは、大学生となった”僕”のクラスメート。左の乳輪が故郷の北海道の形をしており、右の乳輪を人生の終着地点と信じています。

三人目のガールフレンドは、”僕”が開業したカフェのシェフ代行です。怪我をしたシェフの妹であり、自称、女子高生包丁人。

『中国行きスロウ・ボート』の三人の中国人とシンクロしているのが、これら三人のガールフレンドです。”僕”が出会いそして別れていく彼女たちは、”僕”の人生のターニング・ポイントにおいて、啓示的な役割を担っているようです。

本作品は、”僕”の波乱に満ちた生き様と、エキセントリックなガールフレンドたちがポップに描かれています。思わず頬が緩んでしまう著者独特の文学的表現が、とっても心地良いのです。リミックスであることを意識しなくても作品として面白いのですが、どこをサンプリングしているかを探す楽しみもあるので、原曲にも目を通しておいた方が良いでしょう。

ちなみに、自分は、本作品にあわせて(恥ずかしながら)初めて、村上春樹作品を手に取ったことになります。今まで、読んでないことをちょっと反省してしまったな。

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