【本の感想】川上未映子『乳と卵』
2008年 第138回 芥川賞受賞作。
主人公 夏子のもとを訪れて来た姉 巻子とその娘 緑子。姉は豊胸にご執心で、緑子はそんな母との会話を拒否しています。母子家庭の母娘の間をつなぐのは筆談だけ。二人の前になす術なしの、夏子の夏の数日が、饒舌文体で軽快に描かれています。
川上未映子『乳と卵』は、大きな出来事は起こりません。そんな何気ない日常の、些細な一コマ一コマに、夏子の脳内を”言葉”が駆け巡ります。
母親の訳の分からない豊胸手術指向(!)に、思春期の沸騰する感情を持て余す緑子。傍観者である夏子を通して、緑子の如何ともし難い思いの丈が、豊かに表現されています。読み進めると、夏子の人となりが、会話の捉え方、ものの見方から察せられるのです。著者の言葉の奔流に身を任せると、実に軽やかで愉快な気持ちになります。ふふふ。
母娘の確執は、母親のテンパリで頂点に達し、バトルへと突入します。なるほど、タイトルの「乳」と「卵」は、このシーンのことだったのですね。「乳」も「卵」も女性を象徴するものです。見方によっては、劣化に抗おうとする女性ならではの感情的な爆発を、端的に表現しているように感じ取れます。
本作品のような、読点だけで長々と続く文章は、下手をすると読者を撥ね付けてしまいます。しかし、そこは元(?)ミュージシャン。読んでいて滑らかな心地良さを覚えるのは、持ち前のリズム感のなせる技でしょう。
あらすじ+α(つまり、この感想のような)の紹介では、本作品の良さは上手く伝わらないようです。実際に手に取って、読んでもらうしかありません。
文庫版に収録されている、「あなたたちの恋愛は瀕死」は、突発的な狂気ともいえる暴力が印象的(というかこれしか印象に残らない)な作品です。旦那はん(阿部和重)の作風に似ているでしょうか。
2019年発表の『夏物語』は、本作品の後日談のようです。いつ読めることやら。
ちなみに、芥川賞受賞作でいうと多和田葉子『犬婿入り』も饒舌文体です。こちらも、読んでいるうちに愉快になってきます。(リンクをクリックいただけると感想のページに移動します)。