【本の感想】渡辺淳一『光と影』
1970年 第63回 直木賞受賞作。
渡辺淳一作品は、これまで全く読む気が起きませんでした。女性好きは結構なのですが、事あるごとにそれを喧伝されると、うんざりしてしまいます。『失楽園』があまりに話題になり過ぎたのかもしれませんね。ドロドログダグダの性愛小説は、自分の読書生活には必要ありません・・・
と、まぁ言ってはみても、作品を読んでおらずに批判するのも如何なものかということで、著者の直木賞受賞作『光と影』を読んでみました。
著者は、恋愛小説の大家のイメージが強いのですが、本作品は、時代小説の趣があり、愛だ恋だののすったもんだが苦手な自分にも十分に楽しめました。松本清張作品を彷彿とさせるものがあります。
西南戦争で銃創を負い戦線を離脱した小武敬介は、同じく負傷した寺内寿三郎と再会します。二人は陸軍の下級幹部養成所の同期生でした。奇しくも負傷箇所は二人共に右腕であり、切断を余儀なくされる重症です。癈兵としての覚悟を決める小武と寺内。しかしながら、小武の腕を切り落とした執刀医 佐藤は、気まぐれともいえる心変わりで、寺内の腕を残すことに決めたのでした ・・・
本作品は、執刀の順番で運命が大きく変わってしまった二人の男の人生を描いた作品です。
全てにおいて寺内より優っていた小武は軍から離れ、寺内は癒えない傷口の苦痛と闘いながら軍に居残ります。軍への未練を断ち切れない小武。思いがけず出世の道を歩むようになった寺内を横目に見ながら、小武の心は千々に乱れます。運命の悪戯で、影の道を歩まねばならなくなった小武の苦悶が縷々語られていきます。
本作品は、男のジェラシーが丹念に描かれているのですが、このあたりの執拗ともいえる心の闇の抉り方は、後の大恋愛小説家としての萌芽が見られるでしょう。
徐々に精神を蝕まれていく小武。光の道を順調に突き進んでいく寺内。後に二人が邂逅するシーンは、人物として大きな差ができてしまった事実を突きつけてきます。
寺内寿三郎は後の第十八代内閣総理大臣 寺内正毅。本作品が史実に基づくものかは分かりませんが、寺内総理大臣は、実際に右腕が不自由だったようです。著者は、そこに運命の光と影の物語を織り込んだということですね。
本作品は、比較的短い頁数のわりに、著者の医師としての視線を巧みに取り入れており、密度の濃い作品に仕上がっています。
・・・ということで、本作品は、食わず嫌いを打破した一冊となりました。
同時収録の「宣告」は、死を宣せられた画家の魂の叫びを、「猿の抵抗」は、臨床実験の供される男のささやかな反抗を、「薔薇連想」は梅毒を次々にうつしていく女性の心理を描いています。「薔薇連想」は、男性読者にはかなり恐ろしい作品じゃないでしょうか。