【本の感想】佐伯一麦『芥川賞を取らなかった名作たち 』

佐伯一麦『芥川賞を取らなかった名作たち 』

第1回の芥川賞選考において、落選した太宰治が川端康成の評に激怒した話は有名です。それはそれで興味津々なのですが、佐伯一麦『芥川賞を取らなかった名作たち 』は、芥川賞にまつわるスキャンダラスな出来事よりも、受賞できなかった名作にスポットを当て、鑑賞することに重点を置いています。

本書のあおり文から連想するよりも、至極真っ当な文学批評なのです。

本書は、一般の方と著者との意見交換という体裁で、作品毎に作家の紹介、作品のあらすじ、芥川賞の選評、著者による作品の評価を掲載しています。作品を読んでいなくても、読みどころをきっちりレクチャーしてくれるので、作品そのものを手に取ってみたくはなります。既に読了している方は、感じ入るところが多いでしょう。文章のあちこちにピカッとひかる著者の文学に対するアツい思いが散見されます。

私は『いのちの初夜』には書かずに生きられない宿命みたいのを感じたし、小説でその宿命が書かれているものは、どんな小説であれ、かけがえのない作品だと思うのです。

古風と言われるのは、作家にとっては一番屈辱的なこと。才能がないと言われるより大変なことなのかと思いました。

そもそも純文学は、どうにも表しようがないことを少しでも文章に表せるかという点が一番大事。

優れた私小説というのは、作者である私を描くことに徹しながら、作者自身が認識していないような部分や隠そうとしたものまで見えてしまい、知らないうちに描写の中に表れてしまうものじゃないかと思います。

小説というのは、たらいに水を張るように、いろんな言葉や表現やイメージやエピソードを溜めていって、それを一つもこぼさないように書き終わるまで持ち運んでいくことだと私は思うんです。その意識を最後まで保てるかどうか。

くどくなるので、引用はこのくらいにしておきますが、本好きには、ちょっとした気づきを与えてくれます。

なお、本書に取り上げられている作品は以下のとおりです。

太宰治『逆行』/北條民雄『いのちの初夜』/木山捷平『河骨』/小山清『をぢさんの話』/洲之内徹『棗の木の下』/小沼丹『村のエトランジェ』/山川方夫『海岸公園』/吉村昭『透明標本』/萩原葉子『天上の花−三好達治抄−』/森内俊雄『幼き者は驢馬に乗って』/島田雅彦『優しいサヨクのための嬉遊曲』/干刈あがた『ウホッホ探検隊』

島田雅彦×佐伯一麦の巻末対談は、芥川賞の選に漏れたお二方だけに、皮肉交じりの会話が愉しいですね。

巻末付録(?)の芥川賞候補作一覧はブックガイドとして有効です。これを参考に、自分なりの隠れた名作探してみるとしましょうか。