【本の感想】沼田まほかる『彼女がその名を知らない鳥たち』

沼田まほかる『彼女がその名を知らない鳥たち』

沼田まほかる『彼女がその名を知らない鳥たち』は、まさにイヤミスの真骨頂ここにアリ!とも言うべき作品です。

別れた男 黒崎への思いを引きずりながら、一回り以上年上の陣治と暮らしている十和子。十和子は、虫唾が走るような嫌悪感に苛まれながら、陣治に依存しています。陣治は、十和子の理不尽な罵倒や行為に耐え、卑屈とも言える態度をとり続けるのでした。そんな中、十和子に一つの疑念が生じ始めます。八年前に忽然と失踪した黒崎は、陣治に殺されたのではないかと ・・・

食事の時、陣治が差し歯を入れ直すのを見た十和子の心の叫びは、こうです。

野卑、下品、下劣、卑小、卑屈、貧相、滑稽、粗野、不潔、小心 -死ネ、オマエナンカ、死ネ 。

これはもう嫌悪感というより、憎悪に近いでしょう。十和子は、ある時は言葉で、ある時は行動で陣治を嫐ります。生活の全てを陣治に頼りながら、モラルハラスメントを繰り返す十和子。女性の中で燻ぶる嫌いな男への心情が、戦慄を覚えるくらいに凄味があります。陣治の一つ一つの行動に嫌悪を積み重ねながら、十和子が沸騰していく様は、読んでいてウンザリさせられます。この放散される悪意のイラつかせるほど迫力が、著者に力量のある証と言えます。

過去、黒崎に心身ともに蹂躙され続けていながら、未だに忘れらない十和子。十和子は、百貨店の店員 水島に黒崎の面影を見、そして逢瀬を重ねるようになります。黒崎にしても、水島しても、十和子が心を傾ける男は、実にイヤな奴。この品性下劣な男の描き方も、絶妙なのです。自覚していながら都合の良い女に仕立てられていく十和子。十和子は、陣治を蔑むことによって精神のバランスを保っているようです。

十和子と陣治の奇妙な関係は、陣治の黒崎殺害の疑いから綻びを見せ始めます。果たして、陣治は黒崎を亡きものにしたのか。水島への執拗な嫌がらせを行う陣治を見て、十和子は確信を深めていき・・・と続きます。

事件そのものの結末は、読み進めるうちに概ね見当がついてしまうので、驚きは大きくはありません。理不尽な扱いを受け続けた陣治が、ラストに見せたのは果たして純愛と呼べるものなのでしょうか。決して愛されることのない男の、自己満足の行為とも受け取れます。本作品は、読了時に不快感が尾を引くほどに厭なミステリ、つまりイヤミスでした。

本作品が原作の、2017年公開 蒼井優、阿部サダヲ 出演 映画『彼女がその名を知らない鳥たち』はこちら。

2017年公開 蒼井優、阿部サダヲ 出演 映画『彼女がその名を知らない鳥たち』

原作にほぼ忠実に映像化がなされています(引用した十和子の名台詞も聞けます)。前半は負けるな陣治、クライマックスは頑張れ十和子と感情移入してしまいました。

十和子役 蒼井優の、好きな男と嫌いな男で使い分けをする態度の落差は秀逸。時たま見せる呆けたような顔もリアルです。黒崎役 竹野内豊、水島役 松坂桃李は、イヤな奴っぷりが見事にハマっています。ただ、 阿部サダヲは、不潔感を発散させて健闘してはいるものの、コメディ俳優の印象が強いからか 、原作の陣治のイメージにしてはライトです。自分の頭の中では、もっと、でっぷりもっさりなんだけどなぁ。

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