【本の感想】辻惟雄『奇想の系譜』
辻惟雄『奇想の系譜』は、わが国の近世絵画における「奇想」をテーマに、6人の画家 岩佐又兵衛、狩野山雪、伊藤若冲、曾我蕭白、長沢蘆雪、歌川国芳を取り上げ、その系譜を解き明かそうという試みです。
初版刊行から40年以上たった今日でも読み継がれています。本書を契機として若冲らの評価に繋がったようですから、名著ということになるのでしょう。
著者は6人を、「表現主義的傾向の画家 −エキセントリックでファンタスティックなイメージを特色とする画家」と評していますが、作品を一見すると薄気味悪さが先にたちます。気分がささくれ立つような悪趣味とでも言いましょうか。
全6章からなる本書は、章毎に人と作品を解説していく体裁となっています。本書で紹介されている画家たちは、総じて作品に勝るとも劣らない奇矯な人物です。傲岸、不遜でさえなければ、後世に残るような異才を放つ作品を残せないのかもしれません。
浮世絵の元祖 岩佐又兵衛が、幾人かの画工を要する工房で制作をおこなっていたなど発見が多いですね。
本書が単なる美術史におわっていないのは、読みものとして味わいが深く、著者の哲学的ともいえる慧眼が文章から滲み出ているからです。作品を評する著者の言葉の選択も勉強になります。著作を通して、読者と作品を近づけるには、読者の心に響く言葉が重要なのです。
本書を読み進めるうちに、著者の言わんとする「奇想」の意味を理解することができます。そうすると、グロテスクなだけの第一印象がガラリと変わってしまいます。どうやら、彼らの個性(オリジナリティ)が、当世風に対するアンチテーゼというわけではないようです。
<主流>の中での前衛として理解されるべきである。異端の少数派としてその特異性を強調することは決して私の本意ではない
いわゆるアバンギャルド。薄気味悪いと感じたのは、芸術の前衛性を理解できない自分の感性が貧困だということでしょうか。
「奇想」というものを、江戸時代絵画の特産物ではなく、時代を超えた日本人の造形表現の大きな特徴としてとらえたいと思うようになっている
著者の思いは、実に壮大なのです。
なお、掲載されている殆どの図版はモノクロなので、作品の鑑賞には向いていません。本書を読んで興味を惹かれたならカラーのアートブックを手にするのが良いでしょう。