【本の感想】ピエール・バイヤール『読んでいない本について堂々と語る方法』

本の感想 ピエール・バイヤール『読んでいない本について堂々と語る方法』

ピエール・バイヤール『読んでいない本について堂々と語る方法』は、タイトルから想起されるような、はったりや知ったかぶりのためのノウハウではなくて、読書に対する真摯な態度を示したものです。自分は公の場で読んでいない本について語ることはないのだけれど、本に向き合う視座という意味で、本書に強い感銘を受けました。

まず著者は、書物とそれに関わる様々な要素の全体像を<共有図書館>として定義します。書物を語るときはそれぞれの要素ではなくて、要素間の把握であるから書物そのものを読んでいないことは障害ならないと述べています。ここで語られる書物は不断に再編成された<遮蔽幕としての書物>であるとのことです。なるほど、皆が本を語るとき、それはその時々の言葉によって本そのものを遊離してしまうのかもしれません。

次に著者は、<共通図書館>の下位に、自身の中に作り上げてきた<内なる図書館>を定義します。そして、集団や個人に内在的かつ理念的な<内なる書物>によって、書物が単一の言説対象になれないと述べます。物理的に同一の本であっても、個人に取り込まれてしまえば、他人にとっての本とは無関係な集合体になってしまうのです。ある本は、<共通図書館>の諸々の書物の全体の一つの要素であって、<内なる書物>との親和性によって評価を下すことができるのならば、本そのものを読んでいなくとも良いということなのでしょう。

さらに著者は、<ヴァーチャル図書館>とそれに属する<幻影としての書物>を定義します。書物をめぐる話題の中で、無意識が交差するところに立ち現れ、その気になればフィクションの領域に変えることができるとします。独創的な創造を促すととらえるならば、書物から一定の距離をとり、書物にあまり拘泥しないことが前提となると述べています。高いレベルの創造の世界の開き方を結論として提示していくのです。

驚いたことに、著者は参照する本をそこそこにしか読まずに本書を著しています。本書の内容をそのまま本書で実践していることになりますね。活字中毒者には、実に示唆に富んだ読書論と思います。いや、美術や映画においても応用が効くでしょうから、芸術論として読むべきなのかもしれません。<共有美術館>や<共有映画館>という概念を持ち込むことは十分に可能でしょうから。

まぁ、「読んでいない本について堂々と語る」より、「その本、読んでません。機会があれば目を通します」って堂々と言うのがてっとり早いよね。